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名刺博物館・特別寄稿エッセー


その1

・・季 里・/////

軒下の印刷屋


雨が降っていたらしく、窪みには水溜まりがある。九龍で地下鉄に乗る時は晴れていたのにいつの間に雨が降ったのだろうか。
地下鉄を出てバスに乗る。2階の窓から飛び移れるほど、香港のバスは接近して停車する。そこの路地から少し入った所に、香港島の名刺印刷街があった。名刺印刷専門、各種グリーティングカードや案内状の印刷の店が点在する。
雑多なビルの間に八百屋の露店もずらりとある。足元を気を付けないと野菜くずや水溜まりで滑ってしまう。

思わず魚屋と思って通り過ぎてしまった所が、目指す名刺用品専門店であった。用紙やインク缶がが雑然と置いてあり、一部インクが道路に流れ出している為、魚屋に見えたのであろう。名刺用紙を陳列したショーケースも八百屋の冷蔵庫に見えてしまう。小さな印刷会社やショップはここから材料を仕入れ、名刺として販売している。食材も仕事の材料も同じ様な場所から供給されている所がおもしろい。

その名刺魚店の向かいがビルの壁であるが、斜めに走る鉄骨製の階段の下に印刷露天商がある。灼熱と風雨に耐えた印刷機が堂々と階段の下に設置され、下町のリズムを刻んでいる。さっきの雨の時はどうしたんだろうと気になったが、何しろ相手は半世紀も前から鎮座しておる様に見え、余計な心配であったと悟った。

さて、中国語では名刺は名片と書く。名刺の起源はどこにあるのであろうか。
中国での名刺の始まりは、三国志の時代に溯ると言われている。使者が相手の城に入る場合に、丁度手の平に入る大きさの板に、氏名や所属などを書いて渡したのである。これを謁と言っている。個人の帰属を明確にし、可搬性がある今日の名刺と機能は全く同じである。
日本でも受付嬢に名刺を渡し、かくかくしかじかですが社長にお会いできませんか、といった使い方と同様である。受付嬢とだけ名刺交換して帰って来てはいけない。

名刺の作り方や使い方は国によってかなり異なる。各国の歴史の中で、その国の文化として微妙に変化して定着した。日本ではどうして名刺というのであろうか。謎は深まる。




(澤季里、Kisato Sawa:サンノゼ在住)


このエッセーは、毎週水曜日掲載・10回連載の予定です。お読みになった感想など御寄せいただければ幸いです。・・・名刺博物館管理者


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